さすがに、朝晩は大分涼しくなってきました。暑がりの妻も、今日は先ほど冷房を切りました。気持ちがいい風が、秋の訪れを感じさせますが、妻にはまだ暑いらしく、「切るんじゃなかった」と後悔しています(エアコンは、電源を入れる時が一番電気代がかかるのです)。

さて、私の人生で今まで一番大変だった時がいつかと振り返ってみますと、例えば学生時代の臨床実習も思い起こされますが(半年で全国三か所を回りました。広島、東京、静岡。今となってはいい思い出です)、それよりも大変だったのは、やはり妻と結婚する時ですね。

何せ、私は下関、妻は札幌ですから、準備だけでも一苦労でした。Skypeのチャットを使って、必要なもののリストや、やるべき事リストを二人で作り、通販で買い揃えたり、私が買いに行けるものは買いに行ったり。通販で買ったものは、私の実家の和室に積んでありました。

また、住むところを探すのも大変でしたね。部屋の中の動画を撮って妻に送ったりしていました。ちなみに、引っ越し初日はもちろん私一人だったんですが、初日はベッドが来ていなかったので、床に寝ました(笑)。

もっとも、床に寝る事自体は私は慣れていまして、四国に初めて引っ越した時も、初日は引っ越しの荷物が全然届いておらず、真冬なのに掛布団一枚だけで床に寝ました(掛布団は、車に積んで運んできていたのです)。

何より大変だったのは、妻の実家に行った時ですね。三月の下旬で寒かったんですが、高速道路で下関から福岡空港に向かう途中、九州自動車道が交通事故で渋滞していて、飛行機に間に合わないのではないかと、気が気ではなかったのを、今でも覚えています。結果飛行機には何とか間に合ったんですが(空港に着いたのが、離陸20分前でした)、色々な意味で心臓に悪い旅でした。

もちろん私だけでなく、妻も大変だったと思います。こちらに越してきてすぐ、精神障害者手帳や、障害者年金、自立支援の手続きなどが色々あり、二人であちこちに行かないといけませんでしたから。そちらの手続きがあれこれ煩雑で、正直婚姻届を出した時の印象は、いまいち薄いです(笑)。

次に引っ越す時は、二人で色々と買い物に行ければいいなと思っています。何せ、今使っているお皿の半分くらいは、私がダイソーで選んで買ったものですから(笑)。これも、買った時はSkypeのビデオチャットで妻に見せて、「まあ合格」と言ってもらえたものです。

今日の夕飯ですが、鰆を使ってシチュー風のクリーム煮を作ってみました。鰆は、青魚の中では淡泊ですし、身も柔らかいので、美味しくいただけました。妻も「意外といける」と完食してくれたので、良かったです。

明日は八月最後の日。このまま涼しくはならないようで、九月は時折厳しい残暑が戻る日もあるようです。暑いだけの日が続くより、体調を崩しやすいでしょうから、自分の体調はもちろん、妻の体調に気を配らないといけませんね。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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今日は2週間に一度のフルートレッスンの日だったんですが、帰る時に今年初めて、蛍が飛んでいるのを見ました。蛍を見ると、もう夏が近いなと思わされます。蛍は、目の前で見ると本当にきれいですよ。蛍の美しさは、写真や動画では絶対に伝わりません。

夜見られる綺麗な風景だと、夜景も嫌いではありませんが、私は人工の光よりは、天然の光の方が好きです。作られた風景よりは、天然の美しさの方が、やはり目をひきます。

蛍と言えば思い出すのは、島根県の美保関(みほのせき)。学生時代、広島県庄原市の病院に臨床実習へ行ったのですが、そこに勤めていた先輩が、ある夜私のアパートまで訪ねてきて、「いい物を見に連れて行ってあげるから、車に乗りなさい」と言って、夜のドライブに連れて行ってくれたのです。

行った先が、島根県の美保関(今は合併で松江市になってます)。岬から見える夜の海と飛び交う大量の蛍は、まさに絵のような美しさ。どんな都会の夜景もかないません。未だにあの光景は忘れられませんね。

美保関に限らず、山陰って本当に綺麗な場所が多くて、観光には最高だと思います。長門、萩、津和野(ここを山陰と言っていいかどうかはちょっと疑問ですが)、出雲、宍道湖、美保関、境港、皆生温泉。どこも最高に美しい場所ばかりです。

蛍は、都会では絶対に見られない、美しい自然あってこその虫。妻は見た事がないそうです。今調べたら、蛍は「日本では本州より南の各地に生息」とあります。そりゃ、北海道育ちの妻は見た事ないはずですね。近いうちに見に連れて行ってあげたいと思っていますが、どうなりますか。

その妻ですが、昨日よりちょっと調子がいいようですよ。相変わらず気温の高さに参っているようですが、少し元気に見えるので、安心です。今年の夏もかなり暑いようですので、それはちょっと不安ですけど。

蛍もですが、結婚記念日がそろそろ近いので、ぴったりその日じゃなくても、前後の日で妻が調子が良ければ、食事にでも行きたいですね。調子の波が安定してくれる事を祈ります。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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今日の下関は、最高気温を記録したのが朝5時で、あとは
どんどん気温が低くなっていくという、摩訶不思議な気温の
1日でした。こんなこともあるんですね。

さて、今日は私の母の話でもしましょう。母は今度の3月で
70歳。両方の人工股関節の手術をしていまして、身体障害
者3級ですが、まだまだ元気です。先日、念願のiMacを買い、
今一生懸命使い方を覚えているらしいですよ。

その母ですが、数年前にアルコール依存症になって、大げ
さでなく、我が家は一家崩壊の一歩手前まで行った事が
あります。

そもそもは、父が脳梗塞で倒れたのが発端でした。父は、
長年糖尿病を患っていて、母がいろいろ工夫したり、節制
するように言い聞かせたりしていたんですが、まるで聞く耳を
持たず、全然節制できませんでした。

なので、脳梗塞で父が倒れた事は、言ってみればほとんど
必然だったんですが、その後の母のストレスが一層きつく
なったんですよね。

幸い、父の後遺症はそれほど重くなく、歩いたり、風呂に
入ったり、日常の事はできていましたし、少し聞き取りにくい
とは言え、言葉もしゃべれていました。が、「高次脳機能障害」
というのが残ったんですよね。これが厄介だったのです。

これで母のストレスが強くなり、アルコールに依存してしまっ
たんですね。

私は、父が脳梗塞で倒れてしばらくして、実家へ呼び戻され
ました。やはり色々大変だったんでしょう。私は実家から車
で5分のところで一人暮らしをしていたんですが、親のためだ
と思って、実家に戻ってきました。

まあしかし、色々大変でしたよ。母の依存症がだんだん酷く
なるにつれ、料理もまともにしなくなったり、休みの日は、
家にいるのが嫌で、朝から晩まで車で山口県内を走ったり
していました。

ちなみに、私はフルートを習っていますが、習い始めたのは
この時です。父は脳梗塞の後遺症、母はアルコール依存症で、
私もストレスがたまっていて、「新しい楽器でもやるか」と思った
んですね。

今から思うと、この時フルートを始めていなかったら、妻とも結婚
していなかったでしょうから、めぐりあわせというのは不思議な
ものです。

ある日、とうとう業を煮やした私は、職場から依存症専門の
病院へ電話をかけ、強制的に入院させたのでした。この辺りが
一番大変でしたね。この間、家のお金は全て私が出していまし
たし。

この時は本当に「酒というのは、何と恐ろしいものだ。悪魔の
水だ」と心底思いました。私も、週に1回くらいはお酒飲みます
けどね(笑)。

ちなみに、たくさん飲めばアルコール依存症になるのかという
と、そういう訳ではありません。時々飲むだけでも、依存症になる
人はいます。

では、その分かれ目は何かといいますと、「楽しんで飲んでいる」
なら、ある程度たくさん飲んでても大丈夫なのです(肝臓は悪く
するかも知れませんが(笑))。が、「お酒をストレス解消にして
しまう」と、危ないです。それこそが、依存症への入り口です。
「悪いとは思いながら、ストレスで飲まずにおれなくて」という
人は、要注意です。母が、まさにそのパターンでした。

未だに、飲酒運転でつかまる人が後を絶たないようですが、
酒は本当に恐ろしいですよ。人間を変え、家族を崩壊させる
ところまでいきますから。

ま、「酒は飲んでも飲まれるな」という事で。家族崩壊の一歩
手前まで行ったわりに、何という安っぽい教訓(笑)。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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いつも妻のことばかり書いていますが、実は私も10年近く精神
科に通っていました。まあ、自分が勤めている病院に精神科が
あるので、勤務中に行けたのは楽ではありましたけど。

10年近く前に、同じ病院内で部署の異動があったんですが、そ
の直後から、酷い不眠に悩まされ、体も重くなり、朝も大変辛く
なりました。

そこで、とにかく眠れないのだけでも何とかしようと、街の薬局に
行って、「睡眠改善薬」と呼ばれるもの(これ、中身は風邪薬と
同じなんですよね実は)を買って飲んでみたんですが、まるで
効果がありませんでした。

どうにもならなくなって、精神科へ行ったところ、医者に「君、
それはうつ病じゃないかなあ」と言われたのです。言われた時は、
「そんなはずはない!」と思いました。

最初は、デジレルとレンドルミンという組み合わせから始まり、
抗うつ薬&向精神薬はその後、パキシル→リフレックス→トレド
ミン→レクサプロ→サインバルタ→バレリンという変遷でしたね。

睡眠薬も、レンドルミンの他、ロヒプノール、ハルシオン、マイス
リーを飲みました。

中でも苦労させられた薬は、パキシルとトレドミンです。パキシル
は、飲んだ事ある人ならご存知でしょうが、とにかく副作用が強く
て大変なのです。それでいて(?)、飲むのをやめると今度は強い
離脱作用に悩まされるという。パキシルは随分長く飲んでました
が、この薬は止めるのにとても苦労しました。

トレドミンは、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み
阻害薬)だけに、とにかく頻脈に悩まされました。ある時など、
病院の忘年会で脈拍が160まで上がってしまい、パニック発作の
ように手足がしびれて、えらい事になった事もあります。

トレドミンは「Tolerance is dominant」(忍容性に優れる)が
名前の由来のはずなんですが、全然優れていませんでした(汗)。
この後飲んだサインバルタも、同じくSNRIで、やはり頻脈に
なりましたが、トレドミンに比べればまだ我慢できる範囲でし
たね。

そして、今でこそ何とか睡眠薬を飲まずに眠れていますが
睡眠薬を飲まずに眠れるようになるまでには、すごく苦労しまし
た。いきなり睡眠薬をカットするのは無理ですから、少しずつ
弱い薬にしていき、最終的にはレンドルミンを半分(0.125mg)
まで減らし、飲む頻度を少しずつ減らし……と、1年以上かけ
て、ようやく睡眠薬とおさらばできました。

なので、睡眠障害の人の辛さは分かるつもりです。時たま、
「眠れないんだったら、夜にジョギングでもすれば」などと言う
人が、病院職員の中にもいますが、うつにおける不眠の何たる
かを全く理解できてないとしか、言いようがありません。

うつ病の症状も、離人症から希死念慮まで一通り経験しました
ので、そのうちそちらも書いてみようと思っています。

今は幸い、無事に治癒しました。主治医には「結婚が一番いい
きっかけだったかも知れないね」と言われています。確かにその
通りだったかも知れません。

妻と出会い、結婚したのが、私のうつの治癒に一番よかったん
だとすれば、今度は私が妻の双極性障害の寛解を目指して、
自分にできる事をするのは、実に自然な流れと言いますか、
これぞ神の摂理なのかも知れませんね。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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一気に冷えてきました。今朝の下関の最低気温は8℃です。
私が住んでいるのは下関の外れなので、もうちょっと気温が
低いはず。

今の室温は12℃。かなり寒いですね。でもまだヒーターは
つけず。もうヒーターに灯油は入れているんですが、まだ
もう少しは大丈夫かな、と(笑)。

ちなみに妻は北海道の人で、暑いのがすごく苦手。母は
鹿児島生まれで、寒いのがすごく苦手。2人が一緒にいたら
大変そうです(笑)。

私はと言いますと、一時期郵便局の集配課で働いていた
事がありまして、あれで相当鍛えられましたね。冬は人の倍
寒く、夏は人の倍暑かったですから。

夏も暑くて参りましたが(ヘルメットかぶってるし)、冬に一番
参るのは、雨に降られる事。郵便物は濡らせないし、手はか
じかむしで、冬の雨は本当に大変でした。

ちなみに、中学生の時は、新聞の夕刊配達もやってました。
郵便配達ほどではありませんでしたが、こちらも大変でした
ね。どうも私は、こういう「人知れず大変」なアルバイトばかり
する傾向にあったようで(笑)。

極め付けは、ショッピングセンターでやる「なんとか戦隊ほにゃ
レンジャー」のアトラクションショー。あれの「中の人」になった
事があります。あれ、かなり大変なのです。ちゃんと、アクション
指導の人が来て、本格的な演技指導もありまして、覚えるの
に一苦労しました。

それに、あのスーツは、当たり前ですがとても暑いんですよ。
確か3月でしたが、汗だくになりました。視界も悪くて苦労し
ました。その状態で戦闘シーンを繰り広げたり、決めポーズを
したり、ヒーローの中の人も楽ではありません。

1日2回公演で、バイト代は1万円。1回の公演は30分ですか
ら、いいバイトと言えなくもないですが、練習も含めてほぼ1日
拘束ですから、まあ普通かも(笑)。でも、子供たちが大喜び
してくれるので、大変でしたが楽しいバイトでしたよ。もう一度
やりたいか、と言われると、ちょっと遠慮したいですけど(笑)。

さて今日は金曜。冷え込むので、妻がちゃんと起きられるの
かどうか、それがちょっと心配ですが、今日もしっかりやって
きますよー。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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