昨夜の1時半頃だったと思いますが、派手に雷が鳴ったため、みぃが大変怖がりました。犬って、例外なく雷が苦手ですよね。DNAレベルなんでしょうか。

うちのみぃは、雷以外にも花火の音も苦手です。じゃあ大きな音が苦手なのかと思えば、正午に近くの公民館から大音量で流れるサイレンには、全くの無反応。犬と人間の耳の聞こえ方って、もしかしたら違うのかも知れませんね。

さて、たまには聖書(キリスト教)のお話を。妻は、「クリスチャンって、あれをしないといけない、これもしないといけないって、凄く窮屈そうだ」と思っている節があります。例えば、毎週日曜には礼拝に行けとか(私、時々しか行ってませんけど(笑))、お祈りをしないといけないとか、聖書を読まないといけないとか……(実は、本来なら仏教の方がはるかに戒律は厳しいはずなのですが)。

一般の方も、そう思っている人が多いような気がしますが、これは「エ○バの証人」(うちらは略してJWと呼んでいますが)の影響が大きいように思います。輸血禁止は有名ですが、あの方々は、本当に戒律づくめで、感心するほどです。言うまでもない事ですが、JWはキリスト教ではありません。

本当のキリスト教には、戒律というものは存在しません(一部、自主的に酒を禁じている救世軍のような団体もありますが)。していい事はあっても、していけない事はないのです。

恋人とか夫婦に例えれば分かりやすいかも知れません。恋人同士って、「恋人だからあれもこれもしないといけない、じゃないと愛がないって事になってしまう」……のではありませんね? まったく逆で、「愛しているから、恋人にあれもこれもしてあげたい」のです。「行動により、愛情があるとされる」のではなく、「愛情があるから、行動として表れる」のです。

信仰もまったく同じで、「行動(戒律に従う事)で、信仰があるとされる」のではなく、「信仰があるから、行動として表れる」。同じように見えて、これは全然違います。

なので、示される行動というのは、その人次第でいいのです。夫婦や恋人だって、愛情の示し方は千差万別ですからね。極端な話、礼拝に一度も行かなくても、聖書を全く読まなくても構わない訳です(流石に極論ですが)。

こういう話をしても、妻にはなかなか分かってもらえません(苦笑)。私の話が分かりにくいせいだと思いますが、できればそのうち分かってもらえればいいなと思いつつ、毎日祈っています。

ところで、今日の夕飯は妻が作ってくれました。豚肉とにらの味噌炒めとお味噌汁。ご飯が進む美味しさ、星6つ! 食事の支度はかなり体力と精神力を消耗するはずですが、私が昨日仕事で疲れていたので、無理して準備してくれました。本当に嬉しいですね。

明日は、余っている牛乳を使って、鮭のクリーム煮を作るつもりです。うちは牛乳を飲まないので、料理で使い切るしかないのです(笑)。仕事は明日も忙しいですが、頑張ってきますよ。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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てのひらを太陽に

はんなり、がんばれ?

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