今日は連休の初日。憲法記念日でした。天気もまずまずで風も気持ちよく、過ごしやすい一日でした。妻は暑さで参っていましたが……(笑)。

お昼ごはんは、さっぱりした物を食べたいという妻のリクエストに応えて、おろしかしわそば。夕ごはんは一転してピリ辛の、キムチ焼きそば。昨日あんな事を書いたのに、麺類が続いてしまいましたね(汗)。夕方には、みぃを連れて散歩にも行きました。

さて、新約聖書にこういう言葉が載っています。

イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」 (ルカによる福音書21章1~4節)


私たちは、人の行動を、その「絶対量」で見がちです。しかし、行動はその人の能力と照らしあわされるべきです。例えば、幼い子供がお父さんに誕生日に、画用紙に書いた似顔絵をプレゼントするのと、若い社長が彼女の誕生日に、会社の経費で食事をプレゼントするのでは、全然意味合いが違いますよね。

どっちが上とか下とかの話ではないのですが、少なくとも、単に表面的なコストだけ見て、幼い子供のプレゼントが価値がない、という人はいないはずです。

同じように、双極性障害や鬱病の周りにいる人は、そういう精神疾患が、普通の人のように行動するのがどれほど大変かを理解して、患者本人のわずかな心遣いに、敏感になって欲しいのです。

双極や鬱病で何もできない人は、好きで何もできない訳ではなく、何もできない自分を本当に情けなく思い、少しでも何かしたいと思っているのです。ですから、患者が示したほんの些細な気遣いを、しっかり受け止め、その気遣いに感謝する事です。上のイエスのたとえ話にあるように、健常人から見たら取るに足らない行動でも、それはもしかしたら「やもめが全財産として入れたレプトン銅貨」かも知れないのです。

逆に患者の側は、「何もできなくて申し訳ない……」という思いを捨て、「いつも支えてくれてありがとう」という感謝の思いを持つ事です。と言って、これが簡単ではないのですけどね(汗)。

患者を支える側は、「辛いのに、気を遣ってくれてありがとう」、患者は「いつも支えてくれてありがとう」と、共に感謝できれば、毎日楽しく過ごせます。私は、妻から毎日たくさんの物をもらっています。だから頑張れるのです。

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連休二日目ものんびり

妻とウクレレとオカリナ

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