ここのところ、妻のお母さんの体調が優れないらしいです。耳の
調子が悪いんだとか。

その影響か、妻も昨日は何だか厭世的になっていました。これ
から先、自分にとって大事な人は次々世を去っていき、自分は
毎日何ができるでもなく、同じような生活を繰り返す。人生に
幸せを感じられない、と。

幸せって、今自分が持っていないけどどこかにあって、手に
入れるものだと考えてしまうと、絶対幸せにはなれないと思う
んですよね。幸せは、「手に入れる」ものではなく、「感じる」もの
だと思うのです。

ブータン国民の幸せ指数が、日本よりずっと高かったというのは、
この辺を如実に示していると思います。また、経済的に我々
庶民よりずっと恵まれているはずの政治家から汚職が絶えない
のも、同じかと。

また、身体的に大変なハンディキャップを負っているのに、普通の
人よりずっと幸せそうな人もいますよね。そういう人は、普通の
人が感じられないような、些細な幸せを感じる才能にたけている
んだと思いますし、その方が同じ人生を何倍も有意義に送れる
はずです。

そのような話を妻にしたら、「自分ももっと元気になったら、毎日の
何気ない事に幸せを感じられるようになるといいな」と言って
いました。きっとそうなれると信じています。

妻と愛犬の見送りに幸せを感じつつ、今日も仕事を頑張って
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精神的サポートの難しさ

少し下降気味~梅雨明けとたくあん

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