私が勤めている病院には、有給休暇以外に「子育て支援休暇」というのがあります。これは、子供の学校行事とか、子供が急な病気になった場合に、1時間単位で1年24時間まで休みを取れるという制度です。

これが去年から「子育て介護支援休暇」となり、18歳以下の子供だけでなく、介護を必要とする親や、障害者手帳を持つ親(義父母を含む)、子にも使えるようになったのです。なので去年の後半は、妻の通院の時にこの制度を使って休みをとっていました。

が、今年になって病院の事務側から「この制度は、障害者手帳を持つ両親、義父母、子供だけであり、配偶者は認められていない」と言われて、使えなくなってしまいました。

配偶者の両親には使えて、配偶者には使えないってどういう事……。何というか、いかにも日本的ですね。有給休暇使うからいいですけど、ちょっと腑に落ちません。この問題が議題に上がり、私の事が問題になった時、病院の事務側は「真君は、有給休暇がいっぱい余ってるんだから、有休使えばいいじゃないか」と言ったんだそうです。そういう問題じゃない気がするんですが(笑)。

今日の妻も、体調は相変わらずよくありません。夜は、昼よりはいいらしいのですが、なかなかすっきりしませんね。妻曰く、「3月下旬から、一気に湿度が上がって、空気が重い感じになってしんどい」「寒いのに暑い、変な気候」との事。

私は、四国で生まれて山口で育ち、ずーっと西日本の海沿いで暮らしているので、こちらの湿度が高いなんて事は全然思わないのですが、札幌生まれ札幌育ちの妻には、空気が違って感じられるのでしょう。

もうすぐ4月。桜も間もなく咲くでしょう。新しい季節で、妻の気持ちも明るくなってくれるといいのですが。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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1月前くらいの予報では、山口県は3月27日くらいに桜が開花するでしょう、との事だったんですが、まだ全く咲いていません。零分咲きです(そら咲いてないんや!(笑))。ま、桜が早く咲きすぎてもいまいち春の気分が高まりませんから、4月に入ってからでいいんじゃないでしょうか。

この土日にはお花見の予定を入れている方も多いでしょうが、土日にもまだ全然咲いていない、というのもありそうです。私は花見には行きませんけどね。

ちなみに、私は春の花ならば、桜よりも菜の花やこぶし、ハナミズキの花の方が好きです。桜って、なんだか「イベント用の花」って感じで。菜の花なんかは、「春の風景に馴染んでいる花」という印象で、好きなんですよ。以前は、実家の庭に、こぶしとハナミズキの木も植えていましたし、菜の花は実家近くの川の土手で、春になると一面の菜の花が見られて、身近に感じているというせいもあるのかも知れません。

実家の私の部屋の窓から、ちょうど庭にあるこぶしの木が見えて、春にこぶしの白い花が窓から見えると、「ああ春だなあ」と思ったものです。居間から見えていたハナミズキの濃いピンクの花も懐かしい。今はどっちの木も切ってしまったので、もうありませんが。

そうそう、菜の花と言えば、文部省唱歌でもある「朧月夜」。「菜の花畑に 入日薄れ」の歌いだしでお馴染みですね。ところが私、この歌の歌詞を長年勘違いしていたのです。1番の歌詞は、以下の通り。

菜の花畑に 入日薄れ
見渡す山の端 霞深し
春風そよ吹く 空を見れば
夕月かかりて 匂い淡し


春の情景を見事に歌った素晴らしい歌詞です。で、私がこの歌詞をどう勘違いしていたのかと言いますと、「見渡す山の端」を、「見渡す山野は」だと思っていたのです。だから「やまのは」ではなく「やまのわ」だと思っていました。小学生の頃、歌詞の平仮名だけでそう思い込んで、ずっと勘違いしていたんですね。

「見渡す山野は 霞深し」と、「見渡す山の端 霞深し」では、全然状況が違いますよね。「見渡す山野」に深い霞がかかっているのなら、それは朧月夜どころではなく、月が見えなさそう(笑)。

ま、菜の花でもこぶしでもハナミズキでも、もちろん桜でも、春の花が咲いているのを見ると、心が浮き立ちますね。桜が咲いたら、写真でも撮りに行く事にしましょうか。

妻の調子ですが、今日もよくないですね。今日は天気がよく、暖かかったので、もう少し上向きになってくれるといいなと思っていたんですが、なかなかそう上手くは行きません。こればかりは焦っても仕方ないですね。

そうそう、昨日作ったコスモのカレーですが、二日目はもっと美味しくなっていました(ま、カレーは大抵そうですが)。何より油でぎとぎとしていないので、鍋を洗うのがラク! これは皆さんにもお勧めです。コスモのカレー、見つけた方は是非一度お試しください。明日は残りのカレーを使って、カレーうどんにする予定です。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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昨日に続き、今日も妻の調子は低調です。肉体的な疲れももちろんあるでしょうし、昨日の処方で、アモキサンとエチゾラムが出ていなかったので、やはり不安に思っている様子です。

どちらも、抜きで何とかできるにしくはない薬ですので、次回の通院までに安定してくれればいいなと思っています。

さて、私の職場は病院ですから、感染には当然うるさい職場なのですが、昨日当院の院長が、朝礼で「職員が猫も杓子もマスクをつけるというのは、いかがなものか」という事を言いました。

マスクの感染予防効果についてはひとまず置いておいて、マスクをして口を見せなくすると、その人の感情は全く伝わらなくなります。患者との意思疎通をとる事、患者の不安を取り除く事が医療従事者の使命であるはずなのに、マスク着用では患者に不安を与えかねない、と。なので、患者と意思疎通を図る際には、マスクを外しなさい、という事でした。私もこの意見に賛成です。

マスクをしているだけで、その人に対する「親しみやすさ」みたいなものは、半減しますよね。だって、表情が伝わらないのですから。目が笑っていない笑顔というのも気持ちが悪いですが、口がないと笑顔である事すら分かりません。

例えば、病院じゃなくてどんなお店でもいいんですが、店員さんがマスクを着けて応対して、「ああ感じがいいなあ」と感じる事があるでしょうか。私は、ちょっと記憶にありません。

昨今、別に風邪や花粉症という訳でもないのにマスクをつける、「伊達マスク」というものが流行っていますね。「マスクを取ったら伊達直人」の意味ではありませんよ(誰もそんな事思わん(笑))。これは「他人とコミュニケーションをしっかりとるのが面倒」という表れなのかもしれない、と、個人的に感じています。表情によって感情を表さなくていいのであれば、そりゃ楽ですよね。

しかしそこに、あたかもインターネット上のチャット等で、顔文字も何も使わず、文字だけで淡々とやり取りをするような、薄気味悪さを感じるのです。LINEなどではスタンプやら顔文字を使うのに、実際のコミュニケーションでは表情を外に出す事をしなくなる。何とも不思議な現象ではありませんか。

もちろん、女性であれば「マスクをしていれば、化粧をしなくていい」なんて理由もある、とはきいた事がありますが……。ちょっとした外出であればそれでもいいですが、人と真剣に意思疎通をする必要がある時に、それでは困りますよね。

言葉だけじゃなく表情で、積極的に意思疎通を図れるようになりたいものです(半分は私の事です(笑))。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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数日の間、春らしい暖かい日が続いていましたが、今日は少し冷えましたね。土曜日くらいからまた暖かくなるようですよ。

今日は、仕事の後院内研修がありまして、製薬会社の方が来られての講義でした。院内感染の防止のため、B型肝炎とインフルエンザのワクチンについてです。

ワクチンも、大いに役に立った面があるのは間違いないでしょう。人類初のワクチンは、ジェンナーによる天然痘のワクチンである種痘ですが、これのおかげで、天然痘という致死率が高い恐るべき病気を、撲滅する事ができた訳ですからね。

が、ことインフルエンザワクチンについて言うならば、「これ本当に役に立ってるのか?」と思わずにはいられません。そもそも流行する型とワクチンが一致しないと無意味ですし。私の職場は病院ですから、基本的にみんなワクチンを接種するのですが、今年もまあ職員が誰もかれもインフルエンザにかかることかかること。

インフルエンザのような流行性の疾患は、防ぎようがない感染というのもあるでしょうが、やはり各人の意識が一番大事なんじゃないかと思います。手洗いうがいはもちろん、インスタントばかりの適当な食事では、抵抗力が下がって当たり前ですし。

ワクチン接種も結構ですが、ワクチンだけで何の心配もないとばかりに、自分の体に気を付ける事を放棄してしまい、その結果結局病気になったのでは、何をやっているやら分かりません。ワクチンでなくても、例えば「ちょっと風邪気味になったら風邪薬飲めばいいや」なんて、私からすると正気の沙汰とは思えないのです。自分の体です。もっと意識を高く持って、自分で気を付けないといけません。

と言って、テレビその他のメディアの健康情報に踊らされて、あれもこれも試す、というのもいかがなものかと思います(苦笑)。最近では「睡眠薬で糖尿病が改善!」と、NHKの番組でやってましたね。いやはや、誰か止めなかったんでしょうか……。

今回は、風邪の予防に役に立つ豆知識を一つお教えします。皆さんは、呼吸は鼻でしますか、それとも口でしますか? 口でしているなら、危険です。間違いなく人より風邪にかかりやすいはずです。

なぜなら、鼻こそが本来の呼吸器官ですから、細菌やウィルスが直接入って来ないように、鼻の内部の粘膜には繊毛が生えていて、これが絶大な威力を発揮するのですが、口は呼吸ではなく、あくまで食事のための器官なので、そのようなものはありません。なので、口で呼吸していると、目に見えない異物が直接体に入る事になり、大変危険なんですね。

口で呼吸してしまっているのでは、細菌やウィルスに「どんどん入ってきてください」と言っているようなものです。ぜひ改めましょう。簡単な方法としては、「あいうべ体操」というのがあります。テレビでも紹介され話題になりましたが、これは上に書いたものと違い、信頼できる情報なのでお勧めですよ。効果抜群です(検索すればすぐ出てきます)。

もう風邪のシーズンではないですが、季節の変わり目は油断禁物。いい体調で春本番を迎えたいものですね。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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今日も、いつものように仕事の後買い物をして帰ると、妻が夕食を用意してくれていました。献立は肉じゃが。みりんが残り少なかったので、少しだけ残すよりも全部使ってしまえという事で、甘目の味付けでしたが、下ごしらえがきちんとできていて、とても美味しくいただけました。

夕食の支度をしてくれたという事で、妻の調子はまずまずのようです。食事の支度は、かなりエネルギーを使う作業ですから、この後はゆっくり休んで、明日に疲れを残さないでくれるといいなと思っています。

さて、最近は「がんばれ」という言葉は、流行遅れの感があります。むしろ「がんばらなくてもいい」「そのままでいいんだよ」みたいな言い回しが、人気ですよね。

その意図するところ自体はいいとは思うのですが、だからと言って、これを拡大解釈して、必死に頑張る事が泥臭くて格好悪いとされたり、あるいは努力自体が意味のない物とされる、というのは違う気がします。運動会で、「順位を決めるのはよくないから、みんなで手を繋いでゴールしましょう」なんて、その最たるものです。

私は思うのですが、やっぱり努力はできる限りしないといけないと思うのですよ。そうでないと、何の進歩もありません。運動会だって、足が速い子が一位になるのは当然の事です。その分、勉強が得意な子は勉強で、絵が得意な子は絵で、料理が得意な子は料理で一番を目指せばいい訳で、「競争が良くない」と、順位を付ける事を否定するのは、それぞれに与えられた個性すら否定する事に繋がりかねません。

「そのままの君でいい」というのは、あくまで「努力した結果」について言われるものであって欲しいと、私は思います。頑張った結果は、どんな結果でもその人の努力あってのものですから、受け入れられて欲しいなと。

AKB48の「365日の紙飛行機」という歌で、「その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだか それが一番大切なんだ」という一節がありますが、そう言えるのも、「飛び立ったから」です。飛び立たない紙飛行機はただの紙であり、飛ばない豚はただの豚です(意味不明)。

もう一つ。「頑張れ」と言っていいのは、相手の苦労や苦しみ、悲しみ、努力をよく知っている人の特権だと思います。自身ろくに勉強してこなかった親が、子供に勉強しろ勉強しろと言っても、説得力のないただのわがままですし、鬱の苦しみを知らない人が「心の持ちようだから頑張れ」なんていうのは、ただプレッシャーをかけるだけで、何の益にもなりません(鬱の人は、事情を知っていても叱咤激励はすべきでないですが)。

できる範囲での努力をして、それをお互いに受け入れられる、そんな関係ができれば、一番いいですね。無論、社会全体がそうなってくれたらいう事なしですが、せめて自分のそばにいる人とは、そういう関係でありたいと思います。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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