明後日はクリスマスですね。今年はクリスマスがちょうど日曜
ですので、妻の体調さえ良ければ、2人で教会へ行って、礼拝
に出席するつもりです。

さて、今回は妻が気に入っている聖書の言葉をご紹介します。
妻は別に洗礼を受けている訳ではないのですが、ある日「聖
書が読みたい」と言い、リビングバイブルという、とても読みや
すい翻訳の新約聖書を買ってあげました。

妻はそれを、物語でも読むように読んで、とても楽しかった様
子でした。さすがに最後の「ヨハネ黙示録」は、「何これ怖い」と
言っていましたけど(笑)。

そしてリビングバイブルを読み終えた妻は、きちんとしたみ言葉
を知りたいと言ったので(リビングバイブルは、かなり意訳が
多いのです)、「みことばかえる塾」のみことばカードを買って
あげました。

これは妻のかなりのお気に入りになり、今度はちゃんとした聖書
が欲しいと言われたので、新改訳聖書を買ってあげました。私は
新共同訳をずっと使っていたんですが、みことばかえる塾の聖句
は新改訳で、妻はそちらの方が気に入ったようでしたからね。
聖書の後には、ハンドメイドの革製聖書カバーも買ってあげまし
た。これも妻お気に入りです。

そんな訳で、今妻は少しずつ旧約聖書を読み進めています。と
は言っても、旧約を全部読むのは大変なので、私が「ここは読む、
ここは飛ばしてもいい」というリストを作り、それに従って読んで
います。

そんな妻が好きな聖句を、今日は1つご紹介します。妻はこの
聖句に、大いに励まされたんだそうです。

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなた
がたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与え
るのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒が
してはなりません。恐れてはなりません。
                (ヨハネ福音書14章27節・新改訳)


これは、イエス・キリストが、イスカリオテのユダの裏切りにより、
捕まる直前に、弟子たちに語った言葉です。

世の楽しみや、物質的な満足によるものとは違う、心の平安を、
妻は聖書から感じてくれているようで、とても嬉しく思っていま
す。

私は、うつ病や双極性障害の人に、聖書を読みなさい、読めば
心が救われますよ、などと軽々しくお勧めしようとは思わないの
ですが、しかし聖書の膨大なみ言葉の中には、きっと(妻がそう
だったように)、心にぴったりと響くものがあるはずです。

そして、そういうみ言葉が与えてくれる平安は、物質的な世の
満足による平安とは、質が違うものである事だけは、間違いあ
りません。

上でご紹介した「みことばカード」は、妻も大のお気に入りで、
私もお勧めします(これを作っている方が、またすごい人生を
歩んでいる方です。ブログもされていますが、読めば多分びっ
くりするでしょう)。

明日はクリスマスイブ。静かにささやかに妻とお祝いしようと
思っています。でも、ケーキとチキンは買いますよ(笑)。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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昨日も暖かかったですが(帰宅の時点で16℃)、今朝も暖
かいです。午前7時の下関市の気温が、16.5℃。もはや、
冬じゃありませんね(笑)。

そして今朝も雨です。なんか、冬らしくない天気が続きます
ね。寒すぎるのも考え物ですが、気候はやはり「平年並み」
が一番いいです。

そして、昨日は妻が夕食の準備をしてくれていました。鶏も
も肉と大根の煮つけ。煮込み料理は、私が帰ってからでは
なかなか作れないので、嬉しかったですね。味もしっかり
染みていて、美味しくいただきました。

今日ですが、仕事の後に私が2度目の歯科通院なので、
昨夜のうちに作ってしまいました。ベーコンシチューと、
余っていた大根と人参を使って、きんぴら。大根の先はどう
しても少し辛いですから、私はいつも人参と合わせてきん
ぴらにしてしまいます。

昨日の妻は、ものすごく不調でした。まあ、そんな日もあり
ます。何度か書いたような気もしますが、私は妻との2人の
将来に、希望を持っています。その希望を失った事は一度も
ありません。

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っ
ているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を
生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。
わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの
心に注がれているからです。
            (ローマの信徒への手紙5章3節~5節)


今日は少しでも妻の調子がよくなっている事を祈りつつ、元
気に仕事に行ってきます。仕事が終わった後は歯医者なの
で、ちょっと気が重いですが、明日は祝日ですからね。頑張
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さて、いよいよクリスマスが近づいてきました。ちなみに、ク
リスチャンであれば誰でも知っている事ですが、クリスマスと
いうのは、イエス・キリストが生まれた日「ではありません」
(正確には、そうじゃないと断言する事もできないけど)。

「キリストが生まれた事を記念する祭日」なのです。「建国記
念の日」みたいなものですね。なので、祝いたい人は祝えば
いいし、祝いたくない人は祝わなければいいのです。元々、
クリスマスの12月25日という起源は、キリスト教とは関係の
ない、異教の風習ですから。

でも、せっかくだから年に一度はお祝いしてもいいんじゃな
いか、というのが私の考えですので、私もクリスチャンの
はしくれとしてクリスマスはお祝いしますよ。ささやかに、
ですが。

ただし、色々面倒なのでツリーだの何だのは置きません
(面倒なんかい(笑))。

クリスマスは、もちろん雰囲気だけでイベントとして祝ってい
ただいても、構わないのです。我々キリスト教徒としても、
イエス・キリストのために、クリスチャンでない人がクリスマ
スを祝ってくださる事については、喜ばしいと思っています。

ただ、クリスマスというのが、本当はどういう意味なのかを
少し分かっていただけると、クリスマスの喜びが何倍にも大
きくなりますよ。人類に救い主が与えられた!と思うと、私
などはケーキもチキンもプレゼントもなくても、喜びに溢れる
のです。あ、我が家でも、ケーキやチキンは一応買う予定
ですが(笑)。

天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる
大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために
救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。
あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている
乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるし
である。」

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美
して言った。

  「いと高きところには栄光、神にあれ、
         地には平和、御心に適う人にあれ。」 
                  (ルカ福音書2章10節~14節)


今年も心穏やかに、よいクリスマスが迎えられるように、そし
て、1人でも多くの人が、クリスマスの本当の喜びを知る事が
できるように祈りつつ、今週も仕事頑張ってきます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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昨日は、朝6時に起きて福岡市の博多へ。今年、セミナー
に参加するのはこれが最後です。

博多駅では、四国在住時代に知り合った友人と、久々の
再会で、旧交を温めました。「やせたから全然分からなかっ
た」と言われました。確かに、10kgくらい体重減ったから
なあ(笑)。

その友人とはサッカー仲間で、よく一緒にスタジアムで
応援したものです。またスタジアムに行きたいですが、結婚
してからは1回しか行けていません。今年は一度も行って
ないですね。まあなかなか難しいですね。ほとんど半日仕事
になってしまいますし。

さて、妻が新約聖書を無事に読み終えました。リビングバイ
ブルという、読みやすい翻訳の聖書です。

ただ、読みやすいだけあって、例えば新共同訳とか新改訳
などの、一般に使われている聖書と比べると、聖句単体で
取り出した時の「文章のきれいさ」というものが、いまいち
ないらしいのです。

と言うのも、妻に聖句カードを買ってあげて喜ばれたのです
が、カードを見て気に入った聖句が、リビングバイブルを見る
と全然違う表現だったりして、拍子抜けしたんだとか。

私は聖書をなぜか5冊も持っているので(笑)、1冊は妻用に
置いてあげようと思っています。

なぜ5冊?と言われそうですが、1冊は自宅用。1冊は持ち
運び用。1冊は職場用。あとの2冊は文語訳で、実家に置い
てあります。置いとくなよ!(笑)

ま、聖書は細切れにして言葉だけ読むより(聖書を批判する
人は、だいたいが前後をぶった切って、一文だけ取り出します)、
流れで読んだ方がいいのは間違いないですが、しかし一文
だけでも力をもらえる言葉も多いですから、それが全然違う
表現になっているのは残念でもあります。

聖書の言葉が、少しでも妻の支えになってくれるといいで
すうね。今日も仕事頑張ってきます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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今朝の最低気温は、7℃。昨日より寒いです。室温は10℃で、
さすがにヒーターをつけました。発表される下関の気温は、
地方気象台の辺りですから、私が住んでいるところだと、
もう少し低いはず。

そうしたら、妻が「寒い」と言って起きてきましたよ。北海道で
は、冬に室温が10℃というのは、ない話かも知れませんね。
先日など、「最高」気温が-4℃だったらしいですが(ひゃー)、
建物の防寒が完璧ですし、冬はずっと暖房入れっぱなしら
しいですから。

さて、自己啓発系の記事などで、よく言われるのが「もっと自
分を大事にしましょう」「自分を肯定しましょう」という内容。

ある意味もっともではありますし、私の妻も、自己肯定感を
持てずに苦労していますから、うなずける点ももちろんあり
ます。

しかし! 間違った自己肯定というのは、これはある意味
危険です。自己肯定を適切に育めなかった結果が、境界性
パーソナリティ障害だとしたら、自己肯定が肥大した結果は
自己愛性パーソナリティ障害。ただ闇雲に自己を肯定する
というのは、鼻持ちならない傲慢さに繋がりかねません。

では、自分ではなく他人に肯定される事を目指すというの
はどうでしょうか?

しかしこれまた、別の問題点が出てきます。他人に肯定
される、認められる、褒められる事を目指してしまうと、行き
着く先は、他人の視線や評価ばかりが気になって動けなく
なる雁字がらめの人生です。妻はこのパターンかも知れませ
ん。

「じゃあお前はどうなのか?」と言われますと、私の場合は、
自分で自分を愛したり肯定したりはしませんし、他人に肯定さ
れたいと思って行動している訳でもありません。私は、「神が
私を愛しておられる事を知っている」からなのです。

これだと安全です。私自身は、私が取るに足らないもので
ある事を知っていますし、他人の評価など求めませんが、神が
私の評価を認めてくださっているという確信が、私の人生から
不安を全く取り除いてくれるのです。

わたしの目にあなたは価高く、貴く
わたしはあなたを愛し
あなたの身代わりとして人を与え
国々をあなたの魂の代わりとする。
                (イザヤ書43章4節・新共同訳)


クリスチャンなら誰でも知っている、イザヤ書の43章です。私も
もちろんここが好きですが、新共同訳はいまいち美しくないで
すね(汗)。基本的に、私は新改訳はあまり好きになれず、
新共同訳の方が好きなんですが、この箇所については新改
訳の方がいいと思います。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。
だからわたしは人をあなたの代わりにし、
国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。
                (イザヤ書43章4節・新改訳)


こっちの方がいいですね。確か来年あたり、新共同訳も新
改訳も、改訂されるはずです。今度はどんな文章になるの
でしょうか。

自画自賛はしない。そして人から褒められる事も求めない。
別に、神じゃなくてもよいのです。「何か偉大な存在」をより
どころにする事。「自分で自分を肯定する」よりも、その方が
私には、安全なように思えています。

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