さて、いよいよクリスマスが近づいてきました。ちなみに、ク
リスチャンであれば誰でも知っている事ですが、クリスマスと
いうのは、イエス・キリストが生まれた日「ではありません」
(正確には、そうじゃないと断言する事もできないけど)。

「キリストが生まれた事を記念する祭日」なのです。「建国記
念の日」みたいなものですね。なので、祝いたい人は祝えば
いいし、祝いたくない人は祝わなければいいのです。元々、
クリスマスの12月25日という起源は、キリスト教とは関係の
ない、異教の風習ですから。

でも、せっかくだから年に一度はお祝いしてもいいんじゃな
いか、というのが私の考えですので、私もクリスチャンの
はしくれとしてクリスマスはお祝いしますよ。ささやかに、
ですが。

ただし、色々面倒なのでツリーだの何だのは置きません
(面倒なんかい(笑))。

クリスマスは、もちろん雰囲気だけでイベントとして祝ってい
ただいても、構わないのです。我々キリスト教徒としても、
イエス・キリストのために、クリスチャンでない人がクリスマ
スを祝ってくださる事については、喜ばしいと思っています。

ただ、クリスマスというのが、本当はどういう意味なのかを
少し分かっていただけると、クリスマスの喜びが何倍にも大
きくなりますよ。人類に救い主が与えられた!と思うと、私
などはケーキもチキンもプレゼントもなくても、喜びに溢れる
のです。あ、我が家でも、ケーキやチキンは一応買う予定
ですが(笑)。

天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる
大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために
救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。
あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている
乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるし
である。」

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美
して言った。

  「いと高きところには栄光、神にあれ、
         地には平和、御心に適う人にあれ。」 
                  (ルカ福音書2章10節~14節)


今年も心穏やかに、よいクリスマスが迎えられるように、そし
て、1人でも多くの人が、クリスマスの本当の喜びを知る事が
できるように祈りつつ、今週も仕事頑張ってきます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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昨日は、朝6時に起きて福岡市の博多へ。今年、セミナー
に参加するのはこれが最後です。

博多駅では、四国在住時代に知り合った友人と、久々の
再会で、旧交を温めました。「やせたから全然分からなかっ
た」と言われました。確かに、10kgくらい体重減ったから
なあ(笑)。

その友人とはサッカー仲間で、よく一緒にスタジアムで
応援したものです。またスタジアムに行きたいですが、結婚
してからは1回しか行けていません。今年は一度も行って
ないですね。まあなかなか難しいですね。ほとんど半日仕事
になってしまいますし。

さて、妻が新約聖書を無事に読み終えました。リビングバイ
ブルという、読みやすい翻訳の聖書です。

ただ、読みやすいだけあって、例えば新共同訳とか新改訳
などの、一般に使われている聖書と比べると、聖句単体で
取り出した時の「文章のきれいさ」というものが、いまいち
ないらしいのです。

と言うのも、妻に聖句カードを買ってあげて喜ばれたのです
が、カードを見て気に入った聖句が、リビングバイブルを見る
と全然違う表現だったりして、拍子抜けしたんだとか。

私は聖書をなぜか5冊も持っているので(笑)、1冊は妻用に
置いてあげようと思っています。

なぜ5冊?と言われそうですが、1冊は自宅用。1冊は持ち
運び用。1冊は職場用。あとの2冊は文語訳で、実家に置い
てあります。置いとくなよ!(笑)

ま、聖書は細切れにして言葉だけ読むより(聖書を批判する
人は、だいたいが前後をぶった切って、一文だけ取り出します)、
流れで読んだ方がいいのは間違いないですが、しかし一文
だけでも力をもらえる言葉も多いですから、それが全然違う
表現になっているのは残念でもあります。

聖書の言葉が、少しでも妻の支えになってくれるといいで
すうね。今日も仕事頑張ってきます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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今朝の最低気温は、7℃。昨日より寒いです。室温は10℃で、
さすがにヒーターをつけました。発表される下関の気温は、
地方気象台の辺りですから、私が住んでいるところだと、
もう少し低いはず。

そうしたら、妻が「寒い」と言って起きてきましたよ。北海道で
は、冬に室温が10℃というのは、ない話かも知れませんね。
先日など、「最高」気温が-4℃だったらしいですが(ひゃー)、
建物の防寒が完璧ですし、冬はずっと暖房入れっぱなしら
しいですから。

さて、自己啓発系の記事などで、よく言われるのが「もっと自
分を大事にしましょう」「自分を肯定しましょう」という内容。

ある意味もっともではありますし、私の妻も、自己肯定感を
持てずに苦労していますから、うなずける点ももちろんあり
ます。

しかし! 間違った自己肯定というのは、これはある意味
危険です。自己肯定を適切に育めなかった結果が、境界性
パーソナリティ障害だとしたら、自己肯定が肥大した結果は
自己愛性パーソナリティ障害。ただ闇雲に自己を肯定する
というのは、鼻持ちならない傲慢さに繋がりかねません。

では、自分ではなく他人に肯定される事を目指すというの
はどうでしょうか?

しかしこれまた、別の問題点が出てきます。他人に肯定
される、認められる、褒められる事を目指してしまうと、行き
着く先は、他人の視線や評価ばかりが気になって動けなく
なる雁字がらめの人生です。妻はこのパターンかも知れませ
ん。

「じゃあお前はどうなのか?」と言われますと、私の場合は、
自分で自分を愛したり肯定したりはしませんし、他人に肯定さ
れたいと思って行動している訳でもありません。私は、「神が
私を愛しておられる事を知っている」からなのです。

これだと安全です。私自身は、私が取るに足らないもので
ある事を知っていますし、他人の評価など求めませんが、神が
私の評価を認めてくださっているという確信が、私の人生から
不安を全く取り除いてくれるのです。

わたしの目にあなたは価高く、貴く
わたしはあなたを愛し
あなたの身代わりとして人を与え
国々をあなたの魂の代わりとする。
                (イザヤ書43章4節・新共同訳)


クリスチャンなら誰でも知っている、イザヤ書の43章です。私も
もちろんここが好きですが、新共同訳はいまいち美しくないで
すね(汗)。基本的に、私は新改訳はあまり好きになれず、
新共同訳の方が好きなんですが、この箇所については新改
訳の方がいいと思います。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。
だからわたしは人をあなたの代わりにし、
国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。
                (イザヤ書43章4節・新改訳)


こっちの方がいいですね。確か来年あたり、新共同訳も新
改訳も、改訂されるはずです。今度はどんな文章になるの
でしょうか。

自画自賛はしない。そして人から褒められる事も求めない。
別に、神じゃなくてもよいのです。「何か偉大な存在」をより
どころにする事。「自分で自分を肯定する」よりも、その方が
私には、安全なように思えています。

寒いけど、今日はお昼まで頑張ってきます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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10月も下旬だというのに、まだ昼は24℃くらいの気温。
妻に言わせると、今の気候は札幌の夏くらいなんだそう
ですよ(笑)。

昨日も、妻はずっと本を読んでいた様子です。夜は少し
不安定になりましたが、一昨日よりは調子がよさそうに
見えました。

今は、東野圭吾の「天空の蜂」という本と、あとは私が
買ってあげた聖書を読んでいます。リビングバイブルと
いう、分かりやすい現代語訳の聖書です。普通の聖書は
分かりにくいですからね。私はクリスチャンですから聖書
は読み慣れているので、そう分かりにくいとも思わない
ですが。

聖書を読んでくれるのは嬉しいですが、強制するつもり
はないので、分からないところをきかれたら答えるくらい
です。と言っても、私にもわからないところはいっぱいあ
るので、そういう時は「天に召されてから、執筆者に直
接質問するしかないね」と答えます(笑)。

このブログのタイトルも、聖書の言葉からとっているんで
すよ。旧約聖書のコヘレトの言葉(伝道者の書)の一節
です。引用します。

ひとりよりもふたりが良い。
共に労苦すれば、その報いは良い。
倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。
倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。
更に、ふたりで寝れば暖かいが
ひとりでどうして暖まれようか。
ひとりが攻められれれば、ふたりでこれに当たる。
三つよりの糸は切れにくい。
    (旧約聖書 コヘレトの言葉4章9節~12節)


私が好きな聖書の言葉はたくさんありますが、特に好きな
箇所がここです。コヘレトの言葉という書自体は、「すべて
は空しい」という言葉から始まる、妙に厭世的な言葉が
並んでいるんですが、読めば読むほど味わいがあるの
です。

「ひとりよりふたりが良いのか?」という質問は、Yahoo
知恵袋などにも時々投稿されていますが、私は絶対に
ひとりよりふたりが良い、と答えます。

そして、ひとりよりふたりで上手く行くコツというのは、夫は
妻の事を第一に、妻は夫の事を第一に考える事だと思い
ます。たとえて言うならO.ヘンリーの「賢者の贈り物」みた
いな夫婦。これが逆に、夫も妻も自分の事を第一に考えて
いたら、そのうち上手く行かなくなるでしょう。

また、夫(または妻)は自分の事を第一に考えているのに、
配偶者には自分の事ではなく、相手の事を第一に考える
事を求めていては、余計に上手くいきません。「旦那(もし
くは妻)が自分に優しくしてくれない」と愚痴を言う人の
多くが、実はこの罠にはまっている気がします。自分の事
しか考えない相手の事を、第一に考えて行動してくれる人と
いうのは、なかなかいるものではありません。

これからも妻と、「切れにくい、三つよりの糸」みたいな
夫婦を目指して、毎日支え合って暮らしていくつもりです。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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一昨日は、妻を美容室に連れて行きましたが、昨日は朝から
私が散髪屋へ行ってきました。もう20年以上通い続けている、
馴染みの店です。

すると、散髪屋のご主人が、痛そうに腰を押さえていました。
なんでも、1週間くらい前にぎっくり腰になって、しゃがめない
んだとか。

なので、顔そりはなし(しゃがまないとできませんからね)。
それでいいですよ、といいました。料金はいつも通りでした
けど(笑)。短くしてすっきりしたので、何とかこの厳しい残暑を
乗り切りましょう。

ところで、よく「神がいるなら、悲惨な事件や天災、戦争など
起きないはずだ。なのに世界は苦しい目に合う人ばこんなにも
多い。だから神などいない」という意見を、よく耳にします。

しかし私はそのように考えていません。

この世界、人生というのは、一種の「芝居」です。芝居は当然、
ハッピーな結末を得られる主役だけでは、成り立ちません。端役や
悪役、途中で悲惨に死ぬ役の人だってあるでしょう。

シナリオを書いたのは神ですから、登場人物をどう扱おうとそれは
シナリオライターの自由です。なので、苦労もせずに大金を手に
する人だっているでしょうし、理不尽な事件、事故に巻き込まれる
人もいるでしょう。役者がシナリオライターに文句を言う事は、
できません。

しかし、端役や切られ役もいてこそ、1本の物語が成り立つのです。
それに、この世で演じる役によって、幸せや不幸が決まるとは、
私は思っていません。

何せ「history」(歴史)の語源は、「his story」(彼=神の物語)とも
言われているらしいですし。

そういう訳で、私は妻を支えて生きていくのが、神の作ったシナ
リオにおける、私の役目だと思っているのです。そして私は、神が
作ったシナリオにて、私と妻の将来に希望が待っている事を、
信じて疑いません。

今日も暑いです。そして明日は前回から2週間ですが、妻の
通院の日です。暑さに負けず、頑張ってきます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
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